5.銀河英雄伝説 T


銀 河英雄伝説−I−


人類が住み慣れた地球から宇宙へ移り住み始めて、すでに半世紀・・・以上進んだ世界。
地球の太陽系すら飛び出、広大な銀河系そのものが物語の舞台である、大きな長編スペースオペラ小説『銀河英雄伝説』。
そんな通称”銀英伝”の魅力の1つが、広大な宇宙を舞台に数万隻の宇宙戦艦が、艦隊戦を繰り広げるシーンである。

宇宙戦っていうか、平面での遭遇戦だろ!
それに巨大宇宙船を数万、数十万と揃えるだけの工業力がどこにあるんだ!

なんて突っ込みはさておき、純粋に戦略・戦術的な面から見てみても、突っ込み何処が満載です。
もっとも、神である田中芳樹の脳内設定にしか描かれていない面もあるので、果たしてどうなのか?と言う面もあるのですが。


”この銀英伝において、戦略・戦術的に、こういう事も可能ではないのか?
 もし、このような戦略・戦術を取っていれば、結果は変わっていたのではないか?”
と、思うこともしばしば。
なので、それを幾つかの事例から、考えていってみましょう。


さて、純軍事的に、と話を進めたいと思いますが田中芳樹ファンな方で

・マイコーの為に渡米して『前の件も絶対無実だと信じています』なんてのたまう程の熱狂ぶり。
・目の中に星の沢山入っている、ラインハルトやヤン様ラブ(はぁと)状態な人。

と言うLVな方は、ここから先を読むことを堅く禁じます。
勝手に読んで、「なんだコンチクショー!」って文句言われるのは勘弁ッ!


−宇宙での艦隊戦−

宇宙、すなわち『無重量』状態であれば、360度、上下左右での極めて柔軟性に富んだ戦術が取ることが可能だ。
360度、ぐでんぐでんの動きによる戦術行動が可能とはいえ、それは理論上の事で、幾つかの点によって、不可能もしくは制限が課せられる事も事実であろ う。

・人間の頭脳が 360度敵味方双方向の戦術を頭脳で把握することが困難である。
 その為、宇宙空 間に自分を基準とする水平面を想定し、擬似的に2次元を基準とする戦略・戦術を行わなければならない。
・360度無重量 空間と言っても、増減速、方向転換などではその速度に応じての機体重力(以下G)が発生する。
 そのGに、人間 の身体が耐えうる範囲でしか行動が取れない。

要は人間の頭脳と肉体の範囲内でしか戦略・戦術行動はとる事が出来ないと言うことである。
銀英伝が2次元的に過ぎるとは言え、ある程度は上記によって説明と理解が可能だ。

ただ、現在の地球上での戦略・戦術行動も2次元でなく3次元である。
地上や海面上だけで戦っていた頃とは違い、空には戦闘機、海面下には潜水艦が存在している。
現在でも指揮を執り、戦略を練る人間はその思考を3次元にせねばならないのだ。
ただしこれは「地上(水平線もしくは地上線)」と言う2次元の基準が存在している上での事である。
まったくの基準無しの、いわば無法者状態では、人間の頭脳の「空間認知&把握能力」の限界を超えているのだ。


上記の理由から、宇宙空間での戦い、「銀英伝」での艦隊戦等に置いては、2次元を基準とする戦術が取られても不思議はないのだ。

※ただしそれを考慮しても、あまりに2次元&ご都合すぎる部分が多々ある。
 あくまで2次元を”基準”であって、そこから3次元艦隊戦術を考慮・行うことは可能だし、柔軟かつ高度な戦術を取ることは可能だ。
 戦略は?となるとさほどの2次元と3次元の差を見いだせないのだが。


これらを前提にして、銀英伝の中での戦いにおいて、「この戦いの結果は、もしかしたら違う結末になっていたのでは?」という、いわばIFを考えてみたい。
それによって銀英伝の戦術の隙(重箱の隅という)を見つけて、知恵に遊んでみようと言うものである。



リップシュタット戦役
  シュターデンvsミッターマイヤー

『帝国暦四八八年、宇宙暦七 九七年の四月一九日。
 世に言う「リップシュタッ ト戦役」はこうしてはじまった。

 シュターデンひきいる一万 六〇〇〇隻の艦隊と、ミッターマイヤーが指揮する一万四五〇〇隻の艦隊は、ともに相手本拠地への最短距離を選んでたがいに接近した。戦闘をまじえることが 目的というのは、戦略上の意味はあまりなく、あるとすれば「初戦に勝つ」という心理的効果と、敵の戦術能力の一端を知ることであろう。
 両軍はアルテナ星系に近い 恒星間空間で相対した。
 だが、ミッターマイヤーは 自軍の前方に六〇〇万個の核融合機雷を敷設して敵の攻撃を防ぐと、艦隊を球型陣に編成し、そのまま動こうとしない。一日たち、二日たったがその宙点を離れ ようとはしなかった。』

皇帝の急死を契機に、ラインハルトは銀河帝国内での実権を一気に奪取すべく、旧貴族連合との武力決戦を画策、これに成功する。
兵力数では上回る貴族連合を、ラインハルトは戦略・戦術、そしてそれを実行する指揮官の有能さで相手を凌駕し、これを撃破しようとしているというのが、一 連の戦いの背景である。

シュターデン、ミッターマイヤーの両将は、それぞれ先手として相まみえようと言う所だ。
この結果は、ミッターマイヤーの完勝に終わった。

この戦い、シュターデンは勝つチャンスは無かったのだろうか?
検証してみよう。


○シュターデンの不安材料

シュターデン側には、いくつかの不利な点がある。

・旗下の中級、前 線指揮官が貴族ばかりで実戦経験に乏しい。
・上記に関連する が、シュターデンの指揮系統の徹底に乏しい。
・ミッタマイヤー が機雷を敷設し、彼が設定した戦場に自分から乗ってしまった(地の利が無い)。

はじめの2つは、これは貴族連合と言う立場上、致し方ない部分でもある。一番の問題点は、わざわざミッターマイヤーが地雷を敷設し、設定した戦場で戦った 所にある。
馬鹿正直に「ここで戦おう」と敵が思っている所に、乗り込む馬鹿がいるだろうか。敵が思っているだけに、敵に有利に働くと思うのが常識であろう。

陸上のトラックを想像して頂きたい。
丁度トラックの中心の楕円部が機雷。その一端にミッターマイヤー軍が待ち受けていた。
そこへシュターデン旗下の艦隊が、その正反対に対陣する。トラックの両端に両軍が相手の姿こそ見えないものの、相対したのだ。

シュターデンは部隊を2つに割り、それぞれ左右から進ませ、一隊がミッターマイヤー艦隊と戦い、もう一隊がその後背を突く、と言う作戦を立てた。
作戦そのものは理に適っていたが、ミッターマイヤーはそれぞれを各個撃破の好餌にし、シュターデンは命からがらレンテンベルク要塞へ逃げ込んだ。

各個撃破するにしろあっさりしすぎだぜ芳樹!と言いたくもなるが、そもそもこの戦いは、戦いの初めからして間違っていたのだ。
ではそうすればよかったのだろう。


○シュターデンに勝機はあったか?

シュターデンの前提条件として、わざわざ敵が設定した戦場に行かず、まず自分で戦場を設定すべきであったのだ。
そしてその戦場に敵を、つまりはミッターマイヤーを引っ張り出す必要があるのだが、それにはまず、

・ミッターマイ ヤー軍を無視して、ラインハルト本体に迫るかの如く行軍する。
・本体を数体に分 け、自軍の位置・布陣状況を不明瞭にする。
・ミッターマイ ヤー軍を見つければ、直ちに総攻撃するよう待ちかまえる。

ミッターマイヤーも戦闘が始まる前の段階では、決して用兵上の優位に立っている訳ではない。
何より、自軍の情報を相手に察知させているのだ。普通、そのような場合は囮部隊を使うのが常套なのだが、ミッターマイヤーは全軍を一カ所に止めて、敵を 誘っている。
これを逆に利用しない手はない。というより、利用しなければ勝つチャンスは無かったのだ。


余談ながら、レンテンベルグ要塞に逃げ込んだ貴族連合をラインハルト軍は追撃したが、要塞の死線を制すポイントをオフレッサー上級大将の奮闘に寄って、容 易に攻略出来ずにいた。
この間だけでも4日(移動に3日)以上要している。この時間があれば、貴族側は援軍を発し、ラインハルト軍の後方を突く、もしくは補給路を脅かす事も出来 たはずだ。

ここにも1つの勝機が見いだせないだろうか?



バーミリオン会戦
  ヤンvsラインハルト

『「その点は考えている。ひ とつ卿らの不安をはらってやるとしようか」
 (中略)
 提督達の視線が、血に浸さ れたかのような紙の束に集中した。焦点が完全にあえば紙が炎をあげるであろうと思われるほどに、彼らの視線は熱かった。ラインハルトの指が紙を一枚つまん で持ちあげた。もう一枚、さらに一枚と作業がつづくうち、ミッターマイヤーやロイエンタールの目に理解の色が加わり始めた。ついに、ワインがしみとおらな い紙があらわれると、若い提督達は一同を見わたした。』

同盟と帝国、2人の名将が直接相撃つ時が、遂にやってきた。

皇帝を自らの手で擁し軍事力で覇権を握ったラインハルトは、同盟への大侵攻を開始。
イゼルローン回廊とフェザーン回廊の2つの回廊を制圧、同盟領内へ侵攻した。
外征の連敗と内戦によって疲弊し軍事的に劣勢の同盟は、同盟軍宇宙艦隊司令長官ビュコック提督が直接指揮する艦隊により、ランテマリオ星系で戦うも、その 戦力差を覆すことは出来なかった。

同盟軍を一度破り、軍を再編し一気に首都星ハイネセンへと言う時、同盟最高の知将ヤン・ウェンリーの艦隊は、帝国軍の艦隊を輸送部隊を襲い、それを阻止し ようと出てきた艦隊を各個撃破する。
補給路を断たれ、3個艦隊も撃破されたラインハルトは自身の出陣を決めた。

ヤン・ウェンリーの思惑通りに。

軍事的に圧倒な帝国軍だが、急速に帝国内の権力を把握したラインハルト体制は、ラインハルト自身の資質に頼る部分が多分であった。
組織としての体制を整えるには、質・量的にも、また時間も不足していたのだ。

ヤンはその点を見越した上で、現時点での同盟の不利を、ラインハルト個人を戦場で殺すことによって覆すことを目論んだ。ラインハルト自身に頼りきった現帝 国体制は、彼を失えば空中分解する。ヤンは帝国軍の体制そのものを瓦解させ、同盟国家の命脈を保とうと考えたのである。
戦術的な勝利が、戦略的な劣勢をも覆すのだ。戦術と戦略の双方の思想の合致した作戦であった。

そして、遂にラインハルト自身を戦場に引っ張り出す事に成功したのだ。

当のラインハルト自身もそれを理解した上で、ヤンとの直接対決に挑んだ。
ラインハルトは旗下の諸提督を同盟領内各地に転戦させ、一部を首都星方面へ向けた。
ヤンに対してわざと隙を作ると共に、時間的な余裕を与えない為でもあった。

ヤンとラインハルトは、その空隙を狙ってお互いに矛を交えた。
帝国軍二万六九四〇隻、同盟軍一万六四二〇隻がバーミリオン星系で相まみえる。


○ラインハルトの戦術

『彼らは前方からやってくる のではありません。それでしたらセンサーに捕捉されるはずですし、ローエングラム公が戦況を把握するのもむずかしくなります。
思うに、わが軍とローエング ラム公との間には、本来、何者も存在しません。敵の兵力はむしろ、左右に、薄いカードのように配置されていると思います』
−ユリアン・ミンツ

ラインハルトは妙な言い方になるが、積極的な防御陣を引いていた。
極端な縦深陣による同盟軍の疲弊を誘う為だ。
自分の旗艦を守る少数の部隊を残し、残りを20近い部隊に編成。
これをヤン艦隊とラインハルト直援部隊の間のレーダー探知外に左右に配置。ヤンが迫って来ると、左右よりスライドして各部隊が次々と立ち塞がる。

戦力的にはラインハルト側が一万隻以上優位だが、この作戦ラインハルト側に、問題がない訳ではない。

・宇宙で双方相対 した場合、宇宙戦艦の構造上、相対速度と運動性が後進する側(防御する側のラインハルト)が不利である。
・部隊を少数部隊 に分け、これを一部隊ずつヤン艦隊に次々と戦う為、ヤンの損害は0に等しいが、ラインハルトは少なからぬ損害を確実に被る。
・ヤンに連戦の疲 弊こそ溜まる物の、勝者は疲れを忘れ、敗者は倍となって襲う。
 一般兵の士気 (モラル)の高さに絶対の差が生じる。
 兵力分散の弊害 のみが強調されている。

ここでの問題とすべき点は、まず初めの点。この作戦は相対性理論を全く無視しているのだ。
宇宙空間では惑星などの重力圏にいない限り、制止している物は止まり続け、動いている物は動き続ける。
銀英伝の宇宙船の構造は、アニメでの設計がしっかりしているが、そのアニメを見る限りは、推進装置は艦後部に前方に主に進むように設計されている。
後進するには艦の姿勢制御用のスラスター類しか存在しない。

当然、前進するほどの速度は、後進では得られない。

と、なると、ラインハルト本営にヤンが前進すれば、ラインハルトは対峙したままだと、距離を詰められてしまうのは自明の理だ。


○基本的な問題点とヤンの勝機


つまり・・・田中芳樹はあっさりと、アインシュタインを葬り去ってしまったのだ!
芳樹の法則は、アインシュタインの相対性理論などを、瞬時に越えたのだ!

田中芳樹の戦術、こと銀英伝においては、”中世の騎兵団の遭遇戦の如く”と評される所以だ。
宇宙空間での戦闘では無い。あり得ない。中世でも規模の大きな会戦があれば、多少の攻防用陣地を形成する。そういう複雑化した手順や戦術は、一切無理で、 ただの遭遇戦しか無理なのだろう。

問題点の2つ目、3つ目に関しては、筆者たる彼があえて無視しているようだ。

この不利さを覆してなお、ヤンは数に勝るラインハルトを破り、最速で反転救援にきたミュラー艦隊をも破り、ラインハルトの旗艦ブリュンヒルトを射程内に捉 えた。

戦術として勝利を収めたと言って良いが、首都星ハイネセンをミッターマイヤー、ロイエンタールの両将に突かせた大軍師マリーンドルフ嬢によって、趨勢を読 まれ敗北を喫してしまった。


では、ヤンに勝機は無かったのか?


冒頭にあげたユリアンの言葉が出た時点で、ヤン陣営はラインハルト軍の布陣をほぼ正確に把握している。
進撃速度を上げ、敵が左右どちらに、またどのポイントに薄い陣を並べているかを掴めば、全軍をそこに向けて、突撃させるべきだったのだ。
何層にも重ねられたミルフィーユの如く陣を砕くなど、宇宙空間では特に容易である。理由は上に述べている通りだ。

鋭い牙が、急所に噛みつくように、ヤンは左右どちらかの陣を突き破ったその勢いで、ラインハルト本営に直接突貫すべきであった。
彼が勇猛さのみ有する、蛮勇の人ならば、そうしたであろう。
しかし知将たる彼は、彼我の兵力差と損害をその脳内の宇宙ではじき出し、損害の少なく、かつ自分の得意な戦術スタイル、敵に攻めさせその柔軟な艦隊運動に よって包囲殲滅する、を採ってしまったのだ。

これがマリーンドルフ軍師の言う「ヤン・ウェンリーの限界」であったのだろうか?



※参考文献
・田中芳樹『銀河英雄伝説2』徳間書店 1983
・田中芳樹『銀河英雄伝説5』徳間書店 1985




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