1年戦争末期。ジオン軍特務隊サイクロプスは、連邦軍北極基地 を奇襲する。 連邦が極秘に開発していたニュータイプ用ガンダムの奪取が、作 戦の目的であった。 間一髪の所で、新型ガンダムは、奪取・破壊から逃れてシャトル で宇宙へ逃れた。 サイクロプスの隊長、シュタイナーの仲間1人を失った咆吼が、 虚しく北極の空に響き渡る。 ガンダムが放映されて四半世紀以上。1stガンダムから始まっ た宇宙世紀の物語、そしてアムロとシャアの因縁の対決は、1st、Z、ZZと続き、劇場版逆襲のシャアを持って、ひとまずの区切りとしての終わりを迎え た。 そしてその次の新たなるガンダム作品として、登場したのが『機 動戦士ガンダム0080・ポケットの中の戦争』である。 ガンダム初のOVA(オリジナルビデオアニメーション)作品で ある。 この作品は、初のガンダムOVAと言う事もあって様々な試みが なされている。 その最たる特徴は「ニュータイプ(以下NT)が登場しないガン ダム」と言う所であろう。 ごく普通の人間が、1年戦争と言う、アムロ達の戦いと同じ時間 に、如何に生きていたのか、それが丁寧に描かれた作品である。 それを作品の主役にスポットを当てて、どういう物語かを追って みよう。 −3つの視点− この物語には3人の主役がいる。 1人は小学校5年生のアルフレッド・イズルハ、通称”アル” だ。 もう1人が、バーナード・ワイズマン。通称バーニィ。彼はジオ ン軍新米MSパイロット。 最後の1人が、クリスティーナ・マッケンジー。通称クリス。表 向きは連邦軍事務員と称するが、実は新型MSのテストパイロットだ。 物語はアルの視点で始まる。いや、最後までアルの視点なのだ が、途中残る2人の視点がリンクする。 3人とも主役である、と言うのはそう言う意味だ。 アルの視点や物語を補完する為でなく、それぞれの主観が語ら れ、彼ら自身が主役なのだ。 そしてクリスがテストするMSこそ物語のキーであり、それは連 邦軍がNT(アムロ)専用に開発した新型ガンダム、NT−1通称アレックスだ。 冒頭にあるように、ジオン軍特務隊サイクロプスの北極での作戦 は失敗。その新型ガンダムは、アルのいるサイド6のコロニーへ運び込まれた。 そしてそこから3人の運命は交わり、流転を始める。 −サイド6での再 会・始まり− サイド6は中立だが、アルのいるリーヤのコロニーでは連邦の研 究施設がある。そのコロニーで偶然戦闘が起こり、ジオンと連邦はコロニーの内外で戦闘が行われた。 主人公であるアルは多感な少年で、大のジオンMS好き。 学校の屋上から友達と戦闘を見ていたアルは、自分たちの頭上 を、被弾したザクが森へと落ちていくのを見た。 友達の制止を振り切って、1人森へと走ったアルは、そこでザク のパイロット、バーニィと出逢う。 その時、バーニィはアルから1枚のディスクを手に入れた。アル がたまたま撮ったコロニー港内の写真であるが、そこに例のコンテナが映っていたのだった。 そう、アレックスを乗せたコンテナである。 アレックスのテストを極秘で行う為、クリスはそのテストの為に サイド6へ”戻って”くる。 彼女はアルのお隣さんの娘で、地球へ行ってまた戻って来たの だった。 アルとクリスは再会したが、アルはバーニィとも再会した。 サイド6からジオン国内へ戻ったバーニィは、北極での作戦を失 敗したサイクロプス隊に編入され、彼らはサイド6へ潜入する。 バーニィの情報を元に、新たなる奪取計画を立てられた。作戦名 「ルビコン作戦」。この物語は、このルビコン作戦を主流としながら、アル達の生き様を描いていく。 −クリスとバー ニィ− クリスとバーニィ、奇縁からアルは2人の青年と交わりを結ぶ。 2人は敵味方同士だがお互いそれは知らず、互いに友情を感じる。 そして2人はアルを通じて、それぞれアルの兄、姉と言う立場を 担った。 戦争という時代の中で、2人ともその時代をどう生きるか、生き るべきかと言うことに悩み、考え、言葉にしないまでも共感しつつあった。 バーニィはアルの監視役として、アルと行動を共にしたり監視す るが、その中でクリスとも直接出会い、時間を過ごした。 ほんの、短い時間だが、お互い好感を得、それを影でクリスの両 親は見守っていた。 −ガンダムNT− 1− 戦争と言う、日常から最も離れた、むしろ異常が常な状態である 時代、アル、クリス、バーニィは交わりつつも、時間は残酷なまでに流れ進んで行く。 バーニィは子供のアルの手前、強がりや格好の良い事を言うが、 それを同じサイクロプス隊のミーシャやガルシアにそれを見抜かれ、からかわれていた。 そんな中、ついにサイクロプス隊はアレックスのある施設を特定 し、奪還作戦を開始した。 密かに持ち込まれたジオン軍MSケンプファーがコロニー内部で 陽動攻撃。 その混乱の際に、連邦施設に侵入、アレックスを奪取ないし、爆 破する。 ケンプファーの操縦はミーシャが担当。基地への潜入には隊長の シュタイナー、ガルシア、そしてバーニィが行う。 ガルシアは言う、バーニィは新人で一番階級が下だ。 「いばれる相手がいなくなると困る。死ぬんじゃねえぞ」 シュタイナーは古いなじみのジオンのスパイ、チャーリーと話 し、サイクロプス隊は囮だと話す。チャーリーは、月のグラナダから艦隊が発進し、コロニーごと破壊する計画だ、と作戦の裏を語った。 「この戦争はもうすぐ終わる」 「ジオンは負けるな」 たたき上げの軍人であるシュタイナーは冷静に趨勢を見ていた。 口にはしないがシュタイナーと長い戦友であるミーシャも作戦の裏はわかっていた。 彼らの思惑も外に、戦争というしがらみの中、ついに作戦は決行 された。 ミーシャの操るケンプファーは人前に姿をさらけ出す。当然、陽 動な為派手に動き回る。 コロニーのリーヤ軍と連邦駐留艦ペガサス級グレイファントムが すぐさま応戦に出た。 MSを有さないリーヤ軍は相手にならず、グレイファントムの MS部隊スカーレット隊が飛び出す。 これらはアレックス警護の為の部隊だ。ジムの改良型と量産型ガ ンキャノンでは、ジオンの高機動・高火力MSであるケンプファーとミーシャのコンビの前に、瞬く間に全滅する。 その間にシュタイナー以下は潜入に成功するが、アレックスを目 前に事が露見。連邦兵と戦闘になった。 シュタイナーは負傷し、ガルシアは逃がす為に自ら囮となって飛 び出した。 ガルシアは銃撃を受け戦死するが、その寸前爆弾を爆発。その隙 にバーニィは連邦兵になりすまし混乱の中を脱出する。 ケンプファーのミーシャは直接アレックスを撃破しようと試みる が、間一髪でクリスがアレックスに搭乗、応戦する。 アレックスの持つチョバムアーマーの前に手持ちの武器を使い果 たし、ビームソードで戦おうとするが、アレックスのガトリングガンの前にケンプファーは撃破、ミーシャも戦死する。 基地外で立ち尽くすアレックスとケンプファーの残骸を背景に、 戦いの煙と混乱の最中、バーニィは隊長に言う。 「バーニィ、あいつはガンダムはどうなった・・・」 「あいつは、ミーシャが破壊しました。僕たちも早いところ、脱 出しましょう」 「バーニィ・・・嘘が下手だな」 「隊長!隊長っ!」 バーニィを残して、サイクロプスは全滅する。残った者は、新兵 も同然のバーニィだけだった・・・。 −クリスとバー ニィの苦悩− サイクロプス隊の襲撃を撃退、ケンプファーも撃破したクリス だったが、彼女自身、決して勝利の美酒に酔いしれるような事は無かった。 中立であるはずのコロニーに連邦MSが存在すること自体、好ま しく思われておらず、今回の襲撃事件を捜査している刑事の言葉が、クリスを深く突き刺す。 「死者246名重軽傷者572名、昨日の犠牲者の数だよ。2度 とこんな大惨事は起こって欲しくないもんですな」 「戦わなければ、もっと多くの人が死んでいたはずです。仕方が なかったんです」 「言いたいことはわかるがね。死んでも良かったなんて人は1人 もいない。 数の問題じゃない」 同じ頃、バーニィは迷いと苦悩の渦の中にいる。 1人残ったバーニィはスパイのチャーリーと接触して、驚愕の事 実を知らされる。 クリスマスの夜までにガンダムを奪取出来なければ、コロニーご と核攻撃で破壊されると知らされた。 「とにかく逃げろ。逃げて生き延びるんだ」 「あなたは逃げないんですか」 「ワシはもう年だ。それにこのコロニーが気に入っている」 バーニィは自分の力の埒外に事が起こっていると痛感し、言われ るまま、流されるままに逃げようかと迷う。 2人でガンダムを倒そうと言うアルに対して、バーニィは自分の 弱さを露呈させる。バーニィは今までアルに、「あと1機でエースだった」、新型ガンダム相手に「楽勝さ」などと言っていたが、ただの子供相手の調子の良い 言葉だった。 本当はそうでなく、自分はただの新米、サイクロプス隊の足手ま といでしかない、とアルに言う。 今日中にコロニーを出ると言うバーニィにアルは、ガンダムを やっつけようと言うが、バーニィは相手にしない。 喧嘩別れ状態にバーニィと別れるアルだが、アルはクリスに言わ れる。 「やっぱり逃げるってのは、卑怯なんだね」 「そうじゃないの。私が戦うとすれば、結局は自分のためよ。 自分が1人ぼっちになるのが怖いから戦うんだと思うの。 でも、それは私の生き方。逃げる事も、その人の生き方。 どっちが正しいとか間違ってるとか、誰にも決められないこと なのよ。 戦えばその為に人が死ぬわ。でも戦わなくても死んでいく。正 しい事なんてどこにも無い。 自分に出来ることを、するしかないから」 コロニー港で、サイド6から逃げ出す寸前、港のスタンドバーで バーニィは酒に酔った女性の電話を耳にする。 男にフラれた女性の話の中の「嘘を言い通す根性も無いくせに」 の一言がバーニィを引き留める。 クリス、チャーリー、サイクロプス隊のみんな、そしてアル。彼 らとの短いながらバーニィにとっては大切な交わりが、彼の去就を決める。 バーニィはアルに「アイツを倒すためにもう一度攻撃を掛けるこ とにした」と告げる。 「大好きだよ、バーニィ」 「馬鹿野郎」 −ポケットの中の 戦争− 初めの戦闘でバーニィが搭乗していたザクを修理。墜落してその まま放置されていたのだ。手持ちの武器と、クリスマスで使うサンタのバルーンと煙幕で、バーニィはアレックスに挑む。 一度はアルに弱きを見せたバーニィだったが、再戦を決意してか らは、アルの前では元のバーニィだ。 「ガンダムやっつけられる?」 「楽勝♪」 クリスマスの日、アルは別居していた両親が再会する日でもあっ た。 アルはバーニィと別れ、バーニィは1人ザクのコクピットで作戦 の開始時間を待った。 バーニィはアルに渡したディスクの中で、アルに対して語る。 『アル、いいかい、よく聴いてくれ。この包みの中には、俺の証 言を納めたテープや、証拠の品が入っている。このコロニーが核ミサイルの目標になった訳を、知る限り喋った。 もし俺が死んだら、これを警察に届けてくれ。大人が本当だと 信じてくれたら、このコロニーは救われるだろう。 俺が直接、警察に自主しようかと思ったんだが、なんていう か、そうするのは逃げるみたいで。ここで戦うのをやめると、自分が自分で無くなるような。 連邦が憎いとか、隊長達の敵を打ちたいとか、いうんじゃない んだ。 上手く言えないけど、アイツと、ガンダムと戦ってみたくなっ たんだ。 俺が兵士だからなのか、理由は自分でもよくわからない。 アル、俺はたぶん死ぬだろうな。 そのことで、連邦軍の兵士や、ガンダムのパイロットを恨んだ りしないでくれ。 彼らだって、俺と同じで、自分がやるべきだと思った事を、 やってるだけなんだ。 無理かもしれないけど、他人を恨んだり、自分の事を責めたり しないでくれ。 これが俺の最後の頼みだ。 もし、運良く生き延びて、戦争が終わったらさ、必ずこのコロ ニーに帰ってくるよ。会いに来る。約束な。 これでお別れだ。じゃあなアル、元気で暮らせよ。クリスによ ろしくな』 バーニィ操るザクは、ガンダムを森林地帯へと誘いだす。そこに 罠が仕掛けてあるからだ。 クリス操る新型ガンダムも、その誘いに乗る。そこなら無人で被 害者は出ない。 バーニィとクリスはお互い、お互いが敵として戦っている事は、 最後まで知らなかった。 奇策と奇襲によりザクはガンダムと互角に戦う。共に傷つき、ク リスとバーニィはお互いに負傷する。 その中アルは走った。ジオンの核を積んだ艦隊が、連邦軍との戦 闘で降伏したと知ったのだ。 バーニィがガンダムと戦う必要が無くなった。アルはバーニィを 止めるべく走った。森の中を駆け抜け、転び、アルが目の当たりにしたのは、首を飛ばされたガンダムと、コクピットを貫かれたザクの姿だった。 防戦とするアルの目の前に、驚愕の事実が飛び込む。ガンダムの コクピットから運び出されるパイロットの姿を目にしたのだ。 そう、クリスの姿を。 呆然とするアル。無理矢理知らされる現実。戦争という物。大切 な人を失うと言うこと。大切な人同士が、傷つけあうと言う事実。 歴史の本流とはちがう、ポケットの中の戦争でも、戦争は戦争 だった。 −戦争の終わりと − 宇宙世紀0080、1月3日。終戦協定が結ばれ、1年戦争は終 結する。 そして始まる新学期。家の前で、アルはクリスに会う 「バーニィにも挨拶しておきたかったんだけど、アルから伝えて くれる? 私がよろしくって言ってたって」 「うん・・・バーニィもさ・・・きっと、きっと残念がると思う な」 アルは、ぐっと我慢し、クリスに答える。始業式、万感きわまる アルは、泣き出す。 彼の周りは、いつもと変わらない。でも彼は大人へと成長してい た。 −至極の逸品− 全6話のOVAの本作は、1つの物語として、最高の完成度を 誇っている。 ストーリー、MS戦、キャラクター、この全てが一級品だ。 このバランスの良さは他に類を見ない。 作り手が、いかに「ガンダム」と言う作品を大事にし、その世界 を丁寧に描こうとしているのがわかる。 それぞれのキャラクターの台詞は、見る者に深く、重みを持って 響き渡る。 そこにいるのは、生身の人間だからだ。その人間の苦悩と、生き 様を描いているが、そこに暗さは感じられない。 苦悩し、考えつつも、若者らしく前を見て歩いているからだ。 クリスと別れる際の、アルの表情は見る者を切なく、そして強く 力づけるだろう。 クリスとバーニィがお互い共感し、好意を持ち始めるが、戦争と 言う物の持つ馬鹿らしさが、その2人の若人の思いをも消してしまう。 見る者に、いろいろと考えさせる作品である。 ガンダムファン、好き、マニア、ガンダマーを称する人が、この 作品を未見なら、モグリだと断言出来る。 この後のガンダムのOVA作品、またTV映像など、残念ながら 本作を越えるどころか、迫るものすら見受けられない。 もしこのコラムを読んで、多少なりとも興味を得たのなら、是非 レンタルでもよいから見る事をおすすめする。 余談ながら、本編のセル画一枚一枚の出来も作り手の想いが伝わ るほど素晴らしいのだが、OPとED、特にEDの出来は特筆である。 EDの絵は、それらと他に発表されているガンダム絵を集めて、 写真集『MS.ERA0099−戦場写真集−』として出版されている。 これもファンならずとも必見である。日本アニメの深さを垣間見 る事ができるだろう。 |